大書架に置かれているノートに書かれたメッセージの一部をご紹介します
(このページは毎月初めに更新、前月のメッセージを掲載しています)
2024年9月
今日は門井慶喜先生の講演会で参りました。
このノートを読んでいてうらやましく思いますのは、多くの方が「祖父が司馬先生の愛読者だった」「母が司馬先生のファンで」といった記述です。本当にうらやましいです。
私の周囲には(家族、親戚、友人、会社の上司、同僚ですが)、司馬作品はおろか、読書をする人がほぼ居ません。さみしい限りです。残念です。
でも、ここにきてこのノートを読み、記念館の空気を共有し、講演会等のイベントに一緒に参加しますと、(言葉を交わすことがなくとも)同志を得たような気分となります(大げさかもしれませんが)。
記念館の維持、運営は大変だとは思いますが、末永く続けられたらと願ってやみません。
家族、友人に司馬作品の愛読者がおられる方は、色々感想を共有されるなど恵まれた環境を活かしていただけたら…と思います。
今日は高知県に行ってから、こちらに来ました。とても落ち着く空間で、「二十一世紀に生きる君たちへ」の言葉が非常に感動しました。自分の子供にも伝えたいと思います。
また必ず来ます。
今年で61才の私ですが、20代の頃から先生の本を読んできました。最近では『街道をゆく』で書かれた土地に実際に行って楽しんでいます。
展示されていた「空海」ついても、とても興味があります。また『空海の風景』を読もう思います。
良い時間をいただき、ありがとうございます。
もっと多くの人たち、特に子どもたちに、司馬さんの世界、伝えたかったことが広がっていくことを心から望みます…。
今日はとても大雨でした。記念館に来る前にあまり意欲が高くないでしたが、庭に歩いて、ようやく司馬遼太郎記念館に辿り着きました。その瞬間、わからないですが、建築の力もあると思いますが、心が落ち着きました。
本当に雨のおかげで、改めてこの記念館の魅力を感じましたね。静かで心を癒してくれています。
「二十一世紀に生きる君たちへ」の手紙を読んで、とても感動しました。今ちょっと心がくもりだった私にとって、本当に励みになりました。司馬先生の視野、そして知識の広さは私の未来のゆくえにとって指針の作用と思います。人間って孤独的に生きるのではなく、支え合う、助け合いながら生きるものです。自然に対する尊敬も忘れずに生きるのも大事です。
将来、私は何か人間関係に悩む時、人生の道に悩む時、きっとこの手紙を思い出すことができるでしょう。
ありがとうございました。すばらしい一日でした。
司馬さんのお名前を初めて知ったのは、小学6年生だった1973年、この年放送されていた『国盗り物語』が、一年間通して見た初めてのNHK大河ドラマでした。歴史好きの父が買っていた原作本の前編を自分で読んで、革命家として描かれた斎藤道三像に魅了されました。
昨年、放送されたNHK「雑談・昭和への道」や「太郎の国の物語」を見て、現代の語り部としての司馬さんにも魅かれておりました。辛うじて同時代を生きることができて、本当に良かったと思います。まだ未読の代表作も多くあるので、残りの人生の時間をなるべく割いて読んでいきたいです。
日本史に登場するいろいろな素敵な人物たちを、私も司馬さんのように自分の友達と感じながら、人生を豊かにしていきたいと思います。
インターネットのない時代に、書籍の読破によって知識・情報をたくわえ、その情報を充分に消化し、創造される力量に敬服いたします。『街道をゆく』を読んでおりますと、司馬先生が隣に居て、その博学を気軽におしゃべりして下さっているような気になります。博学な故の情報量がしばしば横道にそれる感じがしますが、その感じもたまらなく好ましく思っております。
また建築家、安藤忠雄先生の設計による館の建物もすばらしい。司馬先生の記念館にもっともふさわしい建築家先生の設計だと思います。天井のコンクリートに浮き出た坂本龍馬のしみにも見とれてしまいました。
訪れて本当に良かったと思います。
日本で働いている中国人として、とてもいいことは、このノートの中の中、日、英三ヶ国語が問題なく読むことができるということなんです。このノートを読んですごく感じることは、司馬は太陽のように、無数の人に慰めや励みを与えることです。ちょうどさっき、ある高校生が司馬先生の人生と言葉を読んで、いま悩んでいるままでこの記念館に訪れて、帰る時は〝これから小説家になって行きたい〟と、まるで人生が変わるぐらい。偉人と建築の力が感じ取りました!
ありがとう。司馬先生と安藤先生。この大自然において、人間はあまりにちっぽけなものであるのに、二人の先生のように、まるで歴史の星空の中、流れ星みたいに自らの痕を残して、無数の人の敬意を持って、暗い夜中に空を仰いで追っていく夢になると思います。