司馬遼太郎記念館

対話ノート

開館カレンダー

休館日

開館時間:10:00~17:00
(入館受付は16:30まで)

休館日:毎週月曜(祝日の場合は開館し翌日休館)、9/1~9/10、12/28~1/4

TEL:06-6726-3860

FAX:06-6726-3856

入館料:大人500円、高・中学生300円、小学生200円(20名以上の団体は入館料が2割引)

大書架に置かれているノートに書かれたメッセージの一部をご紹介します
(このページは毎月初めに更新、前月のメッセージを掲載しています)

2022年8月

 出張目前の今日は、夏休みで、一人で大阪に来ました。
 とはいえ、大阪はもう人生20度目以上、道頓堀もハルカスも西成もひと通りいってしまい、どこか…とも思ってスマホをスイスイしていたところ、なんと!司馬遼太郎記念館!!
 ここまで書いて恥ずかしながら、先生の著書1冊も、なんなら年譜さえ存じず、道すがら急ぎ最低限の予習をしました。
 ――訪れたそれは想像を遥かに凌駕するものでした。館の案内人の方の品の良い優しさに、先生を、この館を大切にされている思いを感じました。
 「二十世紀に生きる君たちへ」を見、涙が溢れました。日常の些細なことに悩み、負の感情を抱きそうになる自分を恥ずかしく思いました。先生は、今のスマホ、SNS社会を御覧になったらどのようにお感じになるのだろう、憂うのかな…喜ばしく思うのかな…そんなことも思いました。今のウクライナ情勢も然りです。東日本大震災に何を感じただろう…今の安倍氏の事件も…聞いていみたいです。
 先生の著書、たくさん読み、私も、この書庫の100分の1くらいは生涯本を読み、そして漫然と読むだけでなく視座を養い、「自立した」「他人にやさしい自己」になりたいです。
 筆舌に尽くし難い時間を、ありがとう、ありがとう。
 大阪に帰省の合間に寄らせていただきました。2回目です。
 平和の尊さを再認識させてくれる場所、とても落ち着きます。
 司馬先生の作品は私にとり常に精神的支柱として、私を支えてくれる大切なものです。これからも特に次の世代の方々にメッセージとなりますように。
 このような記念館を残し、運営していただいていて本当にうれしいです。
 司馬先生の作品は、他の歴史小説には感じられない土の匂いがあると、中学生の頃考えておりました。
 それから20年以上経過して40手前になってここに来たことで、先生の読書量や土地・人から学び取ることが著述の基になっているのではないかと思い至りました。そのほか学ぶことが多い機会となりました。
 司馬先生の作品と出あわなければ、日本史は単なる受験科目に留まっていたと思います。今は現代の日本のカタチ、その流れを感じながら作品を通じて日本史と向き合えており、私の人生に大きな影響を与えて頂いた作家さんです。
 はじめての記念館で、とてもしずかで気持ちがおちつけて過ごしやすく、本の背表紙をみていると歴史と民族などインスピレーションがどんどんわいてきてワクワクしました。安藤さんの建築とのコラボレーションがすばらしいです。
 司馬遼太郎という方を「有名な歴史小説家」という認識でいましたが、蔵書の数々、旅での紀行文など、研究家であり、探求者であると感じました。自分も司馬先生の何百分の一でもいいから、何かを探求し続けられれば、と考えさせられました。
 司馬先生の書斎の実物を見ることができ、感動でした。
 国民的大作家の先生ですが、お住まい、書斎を拝見し、とても身近に感じることができました。
 色々な作家の先生方が、ここで講演されているとのこと、又、聞きにこさせていただきます。
 二十歳を過ぎて、ようやく司馬先生の作品に出会い、町の歩き方、日常の過ごし方が彩り豊かなものになりました。
 これからもたくさん勉強させてください。
 20代、30代の若い頃は、司馬遼太郎が嫌いだった。坂本龍馬一人の力で明治維新が達成されたなどあり得ない、と思っていた。次代の枠組み、、歴史を動かした大きな力を知りたいと思っていた。
 50代を過ぎ、「司馬遼太郎が考えたこと」を読み、更に軍隊時代の回想を読むなどしている。読んでいると楽しい。更に続きを読みたくなる。かような読書を今続けている。
 今回でこの記念館に来るのは何度目だろう。
 それ程、展示物が多いわけでもなく、変わりダネの企画がある訳でもなく…。
 自分の環境が変わる度、何故か足が向いてしまう。
 今日も何か落ち着きを取り戻したようだ。
 また来ることになるだろう。
 いつもありがたく感じている。
 『竜馬がゆく』から人生観が変わり、”33歳までに事を成す”と人生を歩んできましたが…。今はもう61歳を迎えようとしています。坂本龍馬より長く生き、昭和、平成、令和の時代を流れ流され事を成さぬまま老いてゆく自分。
 今日ここに来て、司馬さんのように『竜馬がゆく』を初めて読んだころに立ち戻り、若い血気盛んな自分(22才よりもかなり若いですが)に手紙を書くつもりで、これからの人生を輝かせるものを創り出そうと思います。忘れかけていた生きる目的というものを考えさせていただきました。
 初めての来館ですが、何とも懐かしい気分になりました。
 本の深度を感じながら、光・緑・静けさを感じられるこの空間が好きです。
 ここに並べられている本達から、二千年の時空をとび回ったと仰る司馬さん。
 私も、時の流れの中で、今、自分がどこに居て、何を成していったらいいのかを考えられる人間になりたいと、心の奥で静かに感じ取りました。
 息子と訪問することができました。史実をたんねんに素っ気なく留める歴史家と異なり、「人」に焦点をあて、史実から物語にしてゆく、偉大な作家さんですネ。厳密にはウソかもしれないが、「人は人からしか学べない」事から考えると、すんだ事を面白おかしく表現する事は、直ちにウソとはいえない。その人の偉業を存分に脚色する事も、後世の人が、その中から、真実をひろい集め、後世に残していくという、フィルターを通してしか、歴史はつながらない面もあるため、一つのフィルターとしての偉業はやはり学ぶべき所があると思う。
 いずれにしろ、一面からの歴史ではなく、多面から歴史を観る事の大切さ、歴史のようする興味の扉を開けてくれるのは、学者ではなく、作家であろうと感じた。その点で、作家の功績は大きい。
 もうすぐ51才となります。先生の作品に初めてふれたのは20台後半、『国盗り物語』でした。岐阜で生まれ育ち、当時岐阜という土地をほこることが出来なかった私ですが、岐阜を中心に展開する道三、信長の姿に心を打たれ、岐阜という土地が好きになりました。以後、先生の作品を読みふけり、36才の時、長男が生まれました。どうしても先生のお名前を頂戴したく、恐れ多くも”遼”の1文字を頂き、息子も今年15才、中3です。先生の作品には中1からふれており、今は『翔ぶが如く』を読んでおります。
 今日、息子遼人と初めて訪れることが出来ました。
 青春18キップでゆっくり、より道しながら来ました。68才のバ~バです。やっと自由な身になりました。旅好きであちこち、”はいかい”の旅をしています。
 司馬さんの『街道をゆく』を旅の友にたずさえて、体力の続くかぎり旅をしたいと思っています。が…コロナで、色々、考えました。本当にこの国は、世界は、どうなってしまうのだろうと…。
 どうしてだろう、どうしたら良いんだろう、いつも考えている。孫達につながって行く、この世の中の為においぼれて、死も近いけれど、未来を考えて生きて生かされている、毎日です。
 初めて来館いたしました。
 中学生の時に『燃えよ剣』を読み、歴史の捉え方が大きく変わりました。今では大学で史学を研究、学修するまでになりました。私の将来像を創ってくださった司馬先生に感謝です。
 長年の夢がやっとかないました。司馬さんの作品は大好きで、いつかはいつかはと念じながら、やっと今日になりました。
 長女、友人、それと私(80才)の三人です。
 記念館もそれをとり囲む雑木林もいかにも司馬さんその人をかもしだしているようです。
 書かれた作品と出会えたことに感謝しています。
 たくさんの人々の胸にこれからも深く広く生きづいていくことでしょう。
 高校生のときに「二十一世紀に生きる君たちへ」を読んだ記憶があります。再読してすっかり内容を忘れていたことに気づきました。
 できていること、まだできていないこと、多々ありますが、最終部「たのもしい人格」は20代後半の私には肩にずしりときます。まだまだだな自分、誰かと一緒にいて笑い合うと確かに楽しいよな…自分自身を振り返ってしまいました。